久しぶりの神社シリーズです。神社に参拝すると、拝殿の前に必ずお賽銭箱がありますね。皆さんは、お賽銭の金額を気にしたことがありますか?
「たくさん入れた方が願いが叶いやすいのでは?」
そんな話を一度は聞いたことがあるかもしれません。私も以前、ある方から興味深い話を聞きました。それは、
「お賽銭は金額の多さではなく、そこに込められたエネルギーの質の方が大切」
というものです。エネルギーの質と言うと少し分かりにくいかもしれません。その方は、
「人に喜んでもらって得たお金なのか。それとも誰かを傷つけたり迷惑をかけたりして得たお金なのか」
という意味だと話してくれました。本当かどうかは神様に聞いてみないと分かりません。でも私は、その話にどこか納得するものがありました。このお話を聞いて、ふと自分自身を振り返りました。実は最近、ある方から「お客様への言葉が少し冷たく感じる。もっと真剣に向き合った方がいい」と指摘を受けたばかりです。最初は驚きました。自分ではそんなつもりはなかったからです。でも振り返ってみると、
「この表現は誤解を招いたかもしれない」
と思い当たる言葉がいくつかありました。人に喜んでもらうことは簡単ではありません。相手の立場を想像し、一生懸命向き合う。結局できることは、それしかないのだと思います。そして、もし神様が見てくださっているとしたら、見ているのは金額ではなく、その姿勢なのかもしれません。もう一つ、印象に残った言葉があります。
「見返りを期待すると、ご利益は遠のく」
というものです。これもなかなか難しい話です。神社に行けば願い事をしますし、「叶ったらいいな」と思いますよね。
でも、「いつ叶うのだろう」「まだ叶わない」と結果ばかり気にしていると、心は願いに執着し始めます。執着は視野を狭くします。
そして、本来見えるはずだったチャンスやご縁を見えなくしてしまうことがあります。私は、これは引き寄せの法則とも似ていると思っています。願いを持つことは大切です。でも、その後はできることをやって、あとは天に任せる。
そんな姿勢の方が、心は軽くなります。お賽銭も願い事も、本当は神様との取引ではないのかもしれません。
「こうなりたい」
「こんな自分でありたい」
そんな誓いを、自分自身に立てる時間なのではないでしょうか。願いを届けたら、あとは執着せずに日々を生きる。その積み重ねが、いつか思いもよらない形で実を結ぶのかもしれません。潜在意識を書き換え、自分との対話を深めるための「眠る前シリーズ」も、そんなお手伝いができればと思っています。
より深く学びたい方は→【寝る前に聴く音声シリーズ】
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