昨夜、久しぶりに『アバター』を観ました。
青い肌の民、巨大な森、木々のネットワーク。
物語として観ていたはずなのに、途中からなぜか不思議な感覚になりました。
「ああ、人は本当は、もっと大きな生命と繋がっていたいんだな」
そんな感覚です。
特に印象に残ったのは、ナヴィたちの“三つ編み”。
生き物や森と繋がる時、彼らは髪を結び合わせますよね。
私はあれを見ながら、なぜか延髄を思い出しました。
首の後ろ。
頭と身体を繋いでいる場所。
呼吸や心臓の動きのような、「生きる」という根っこの部分を司っている場所。
人は普段、頭ばかり使っています。
考えて、
不安になって、
比較して、
未来を怖がって。
でも本当は、
身体はずっと前から、
答えを知っているのかもしれません。
苦しい時、
首や肩が固まる。
不安な時、
お腹が緊張する。
悲しい時、
胸が詰まる。
身体はずっと、
心の声を教えてくれています。
頭より先に、身体は反応しています。
でも私たちは、
頭の中のおしゃべりが多すぎて、
その声が聞こえなくなっている。
『アバター』の森は、
ただの森ではなく、
巨大な生命のネットワークのように見えました。
私はあれを見ながら、
空海の曼荼羅を少し思い出したんです。
一人一人がバラバラに存在しているようで、
本当は大きな生命の中で繋がっている。
木も、
動物も、
人も。
そして、
自分の中にも宇宙がある。
空海は、「本当の自分は外に探しに行くものではなく、自分の中にすでにある」と説きました。
特別な誰かになるのではなく、
本来の自分に目覚めていくこと。
それは、
どこか遠くへ行くことではなく、
頭の中だけで生きることを少しやめて、
身体や心、
そして命そのものを感じることなのかもしれません。
最近私は、
「頑張って変わろう」
とするより、
「今ここにある命を感じよう」
と思うことが増えました。
首の後ろに手を当てて、
ゆっくり呼吸してみる。
森の風を感じる。
空を見る。
それだけでも、
少しずつ頭の中が静かになっていく気がします。
もしかしたら、
私たちはずっと、
大きな生命の樹と繋がったままなのかもしれませんね。
思い出せなくなっているだけで。
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