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シュリー(趣里衣)の部屋

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教師として、生徒と向き合った23年

2026年7月5日 by wpmaster コメントを書く

教師になったのは、次男を出産して一年ほど経った頃でした。

当時、前の主人は資格試験の勉強をしていて、仕事に就いては辞めることを繰り返していました。

家計は不安定でした。

「私が働かなければ」

そんな思いもあり、教員採用試験を受けました。

すると、合格したんです。

自分でも驚きました。

でも今思えば、教師になったことも、私に必要な学びだったのだと思います。

最初に赴任した学校は、今でも一番思い出深い場所です。

生徒と本気でぶつかりながら頑張った合唱コンクール。

車椅子の生徒も一緒に走り切り、一位を取った体育祭の全員リレー。

いじめや不登校に向き合い、どうしたら教室に居場所を作れるか悩み続けた日々。

勉強が苦手な子も参加できるように、授業を工夫したこと。

振り返ると、本当によくやってきたなと思います。

もちろん、傷ついたこともたくさんありました。

でも今は、自分もまた、生徒や保護者、同僚、後輩を傷つけていたことがあったと思います。

必死だったんです。

いつも余裕がなくて、
「なんとかしなきゃ」
ばかりでした。

それでも23年続けてこられたのは、やっぱり担任が好きだったからです。

生徒と一緒に泣いたり笑ったりできたから。

私はきっと、「教える」より、「一緒に生きる」ことが好きだったんだと思います。

その後、私は障害児教育に深く関わるようになりました。

目の前の子どもたちに必死になり過ぎていたのかもしれません。

感謝していただくこともありましたが、一方で「偏り過ぎている」と見られていた部分もあったのでしょう。

人間関係にも疲れ、パワハラを受け、大学院へ行く流れになりました。

その頃には、どこかで「もう潮時かもしれない」と感じていました。

もちろん、お金は必要でした。

でも、自分に嘘をつき続けながら働くことが、だんだん苦しくなっていったんです。

でも当時の私は、

「頑張り過ぎている」

ことに、自分では全く気づいていませんでした。

うつ病になったのは、全部を完璧にやろうとし過ぎたからだと思います。

学校も。

家庭も。

子育ても。

周りとの関係も。

全部うまくいくようにと必死でコントロールしようとしていました。

でも、握りしめれば握りしめるほど、人生はうまくいかなくなっていきました。

そして最後に、自分自身が壊れてしまったんです。

今でも忘れられない先生がいます。

癌を患い、亡くなられた同僚の先生です。

人柄も、熱意も、正義感も、賢さも、本当に尊敬できる方でした。

お見舞いに行った時のことです。

ご自身もとても苦しいはずなのに、その先生は私にこう言ってくださいました。

「次男さんが幸せになってくれるといいね」

私は胸が詰まりました。

あの状況で、自分の苦しみより、人の幸せを願える。

私は、あんなふうに言えるだろうか。

今でも、たぶん無理です。

でも、だからこそ忘れられません。

人は、

どこまで人を思えるのだろう。

本当の優しさとは何だろう。

今も時々、

あの先生の言葉を思い出します。

そして私は、

あの日いただいた優しさを、

少しでも人に返したい人になりたいです。

Filed Under: マイ・ストーリー

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