私がうつ病になり、学校を休職していた頃のことです。
当時の私は、本当に何もできませんでした。
動けるようになるまで、二ヶ月ほどかかりました。
ただ横になって、天井を見ているだけの日々。
今まで頑張り続けてきたものが、一気に崩れてしまった感覚でした。
でも振り返ると、あの時間が人生の大きな転機だったのだと思います。
休んでいる間、私は「本当はやってみたかったこと」を少しずつ始めました。
その中で、人生を変える出会いが二つありました。
一つは、ダンスで出会ったインストラクター。
そしてもう一つが、勇気を出して会いに行った京都のヒーラーでした。
その方が、今の私の師匠、
浅田誠一先生です。
初めてお会いした時、先生は私にこうおっしゃいました。
「もう死ぬところでしたね」
私はどん底でした。
だからこそ、その言葉が妙に胸に入ってきたのを覚えています。
それから先生は、タロットを通して私を導いてくださいました。
先生がリーディングをする時もあれば、
私自身がカードを読むこともありました。
質問を変えたり、
角度を変えたりしながら、
私は少しずつタロットを学んでいきました。
でも、学べば学ぶほど感じたんです。
タロットは、ただ未来を当てる道具ではないということを。
タロットを入り口にして、
人の心も、
身体も、
生き方も、
全部繋がっている。
そんな感覚でした。
先生はよく、
私の思い込みを笑いながら崩してくださいました。
「頑張り病やね」
「悲劇のヒロイン病やね」
そう言われると、
最初はムッとするのに、
なぜか最後は笑ってしまうんです。
長い間、
私は「頑張らないと愛されない」と思って生きてきました。
でも先生は、
そんな私を否定するのではなく、
少しずつ力を抜かせてくれました。
教師を辞めた後、
先生から
「住職、やっときましょう」
と言われた時も、
「いやいや、できへんって」
と思いました。
善光寺参りを勧められた時もそうです。
でも結局、
私は言われたことを素直にやっていました。
不思議なんです。
なぜか「やってみよう」と思えてしまう。
そしてある日、先生にこう言われました。
「占い師、やりましょうか」
その日のうちに、出演する店まで決まっていました。
人生って、本当にわからないものです。
まさか自分が占い師になるなんて、
昔の私は想像もしていませんでした。
占い師になって10年。
もちろん、
悲しいこともたくさんありました。
反省することもあります。
向いていないんじゃないかと思った日もあります。
それでも私は、
今、生きています。
苦しくなった時、
タロットに聞いてみる。
すると、
「そりゃ、仕方ないよな」
と思えたり、
「じゃあ、もう少しやってみるか」
と思えたりする。
タロットは、
いつも私をゼロに戻してくれるんです。
人生が大きく行き詰まった時、
占いやタロットは、
「まだ可能性はあるよ」
と教えてくれるものなのかもしれません。
だから今度は、
私が目の前の人に、
その光を渡せる人でありたい。
そう思いながら、
今日もカードを開いています。
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